ヤマトなどをコスト
でも今回のようなリニューアルで言えば、仮に現場写真が無くてもイメージ写真的なものを挿入するだけで記事としては成立させることが可能になりました(原文のまま)言うまでもなく、フォーカスはその創刊時には写真で時代を読むをキャッチフレーズとしていた。写真こそが誌面の中心であり、表現の中心であるということと同意義だと言ってよかろう。フライデーの加藤晴之編集長の言葉を借りるならば写真こそ主役ということになる。しかし先の山本のインタビューをごく素直に読むかぎり、掲載したい記事があれば、写真は決定的な場面を撮ったものでなくても、つまりイメージ写でもいいということになりはしないか。どこへ行く、写真週刊誌とりあえず、写真週刊誌の突撃取材やプライバシーを無視したかのような記づくりなどに向けられた批判はしばらく置いておくとして、そうなってくると記事が主役で、写は脇役ということになり創刊の精神とも反するし、何よりも写真週刊誌が写真週刊誌として成り立っている強み、それが政治経済社会事件の決定的瞬間であるにしろ、芸能人を筆頭とする著名人のプライバシーへの覗き見であるにしろ生きなくなり、読者の側から言えば面白さ、興味が薄れてしまうことになる。